晋祠(太原市晋祠博物館)へ行きました

太原市

晋祠(太原市晋祠博物館)

紀元前11世紀~紀元前376年、西周晋国を治めた唐叔虞(とうじゅくぐ)とその母を祀るために創建された祠堂(しどう)。中国の全国重点文物保護となっている。

入場門

まず観光客を出迎える大門。しかし晋祠の園内へ入る門はここから進んだところにある。
大門を過ぎると、第二代皇帝を中心とした李世民と群臣群が姿を現す。

思わず「これが入口か!?」と思ってしまう大門

園内に進みましょう!

第一の門を入り、しばらく歩くと園内に入る門(入口)が見える。
チケットは門の左側で販売している。2020年10月時点でチケット代は1人80元。

北宋の1097年に鋳造されたという四尊鉄人。
四尊鉄人のすぐ後ろには1576年に建てられた越対坊。
またその後ろには献殿という1168年に建造された祭祀の際のお供え物を並べるための建造

聖母殿

聖母殿は「晋祠の三つの宝」の一つと言われている。創建は宋天聖年間(1023~1032年)。唐叔虞の母を祀る建物としてつくられた。

写真が聖母殿
聖母殿の手前に掛る橋「魚沼飛梁」と言われる十字に交差した橋。
「晋祠の三つの宝」の一つである。
この木彫りの龍は「晋祠の三つの宝」の一つである
扁額からも歴史を感じる。
聖母である邑姜の像
聖母・邑姜の両脇には約40体もの侍女(しじょ)の像が控えている
聖母殿の左右には聖母を守る金剛像

晋陽第一泉

晋の水源との言われをもつ古井戸。ここから今も水が湧いている(もしかすれば水が湧いているように見せているだけかも…)。

井戸を覗くと水がぶくぶく湧いている。またコインが投げ込まれている。
井戸から湧き、きれいな水の流れとなっている

奉聖寺

謂れでは、唐時代の将軍の別荘で、そこに八角形七層の仏塔をつくったとか。
蛇足だが、昔々この近くにエンジュの大木があったらしいが、いつの間にか枯れてしまった。乾隆二十一(1756)年の春、奉聖寺である集いがあったとき、枯れたエンジュの大木のところで薬を売る年配の道士がいたが、誰も薬を買ってくれない。その道士は「この薬は仙人の薬だから誰も買いに来てくれない。凡人には福をもたらさないが、枯れたエンジュは生き返る」と言い、枯れたエンジュの大木に薬を塗ったところ、一か月もしなうちにエンジュの大木が芽を吹きだした、という言い伝えがある。

昔は仏塔に上ることができたらしいが、いまは閉ざされている

おわりに…

この仏塔を抜けると「恵遠門」という門、俗称「鉄門」がある。そこを抜けると出口に至る。

ここで紹介したほかにも以外にも園内には色々と見てまわるところがあり、歴史好きにとっては一日あっても足りないかも知れない。普通にみても、1時間半から2時間の時間は必要だろう。

交通

太原市内から路線バスが出ており、2020年時点では運賃は1回の乗車で1元となっている。だが太原市内から離れているので、車をチャーターして晋祠以外の場所と併せてまわった方が良いかもしれない。

訪問日

2020年10月1日午前中(午前8時30分~11時ごろ)

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